函館の由来や、歩んできた歴史をご紹介します

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歴史探訪

北海道函館市歴史探訪
函館市の概要
函館市は、北海道の南端に位置する漁業と観光のまちです。観光では国際的な魅力のある観光地としてその名を高めており、特に函館山からの夜景が美しく、誰でも一度は訪れたいと思わせる美しさです。
また「北海道の玄関口」といわれ、陸・海・空の交通の要衝として、南北海道の行政・経済・文化の中心として発展しています。

函館市のあゆみ

函館は北海道が「蝦夷」の頃、「箱館」という地名でした。安政元年(1854年)3月、日米和親条約が結ばれ、翌4月に アメリカの使節ペリーが視察のため箱館を訪れました。この時の人々の驚きは大きく、初めての異国の人に戸惑いと驚きを隠せず、まち中が大騒ぎになったようです。安政5年(1858年)には、アメリカ・オランダ・ロシア・イギリス・ フランスと修好通商条約が結ばれ、箱館は、横浜、長崎とともに、国際貿易港となり、翌年6月2日から 貿易の許可がおります。そのため箱館には、多くの外国文物も取り入れられ、写真や西洋画の技術が伝えられ始めました。その他には、洋服やストーブなども作られるようになり、異文化の交流が進んだまち「箱館」が築き始められました。
その後、北海道の夜明けともいえる「箱館戦争」が明治元年(1868年)10月に勃発しました。その終戦後の明治2年(1869年)7月、明治政府の開拓史によって蝦夷地開拓が進み、8月には「蝦夷」を「北海道」と改名し、11国86郡に分けました。これを機に「箱館」は「函館」と改名されました。
そして大正11年(1922年)8月1日、函館は札幌・小樽・旭川・室蘭・釧路とともに、市制が施行され、「函館区」から「函館市」となり、北海道の中核都市として新しく生まれ変わりました。大正時代、函館は北太平洋におけるサケ・マス漁業、カニ漁の地として発展を遂げ、それに伴い商業の発展も進みました。また貿易は中国、東南アジア、欧州各国まで伸びていき、市の人口は約15万人に上り、北の地では最大の都市にまでなりました。
昭和22年(1947年)には新憲法のもと、函館市は南北海道の中核都市として都市建設が進められていきました。同35年、函館空港が完成し、陸・海・空と交通体系の確立された都市として大きく発展しました。
そして現在では、平成16年(2004年)12月1日、函館市、戸井町、恵山町、椴法華村、南茅部町の1市3町1村が合併し、人口30万人規模の新たな函館市が誕生しました。

函館市の名前の由来
函館の由来は、津軽の豪族「河野政通」が、「宇須岸(ウスケシ)」(アイヌ語で湾の端という意味)と呼ばれていた漁村に館を築き、この館が箱に似ているところから「箱館(ハコダテ)」と呼ばれることとなりました。その後、「蝦夷」が「北海道」に改名する事に伴い、「箱館」から「函館」と改名されました。


函館市の歴史についてもっと詳しく知りたい人はこちら↓
 市立函館博物館
住所: 〒040-0044
北海道函館市青柳町17-1(函館公園内) [地図を見る]
電話番号: 0138-23-5480
開館時間: 9:00〜16:30(4月〜10月)
9:00〜16:00(11月〜3月)
休館日: 月曜日・毎月最終金曜日(特別企画展期間中は除く)
祝日(特別企画展期間中、ゴールデンウィーク期間中、11月3日は除く)
年末年始(12/30〜1/6)
入館料: 一般100円(団体80円)
学生・生徒・児童50円(団体40円)
高齢者(函館市在住で65歳以上)50円
※心身に障害のある方と付添いの方、幼児の方は無料
※学生・高齢者・心身に障害のある方は、証明書の提示をお願いします
※団体は10名以上







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場所:函館市立南茅部病院
病院の内部の写真は、許可を取った上で撮影

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